承安3年4月1日

現在の法界寺、日野誕生院付近にて、皇太后宮の大進・日野有範の長男として誕生する。

母は、清和源氏の八幡太郎義家の孫娘の「吉光女」とされる。

幼名は、「松若磨」、「松若丸」。得度治承5年9歳、京都青蓮院において、後の天台座主・慈円のもと得度し、「範宴」と称する。

伝説によれば、慈円が得度を翌日に延期しようとしたところ、わずか9歳の範宴が、明日ありと思う心の仇桜、夜半に嵐の吹かぬものかはと詠んだという。

無常感を非常に文学的に表現した歌である。

叡山での修行出家後は叡山に登り、慈円が検校を勤める横川の首楞厳院の常行堂において、天台宗の堂僧として不断念仏の修行をしたとされる。
update:2010年03月06日